※本記事には広告・アフィリエイトリンクが含まれます。
京都府と大阪府の境に近い、天王山のふもと。そこに「山崎の聖天さん」と呼ばれて親しまれているお寺があります。正式な名前は観音寺で、歓喜天(聖天)をおまつりしていることで知られています。
このブログでは、これまで生駒の宝山寺や妻沼の聖天山、待乳山聖天、湯島の聖天さん、雨宝院など、歓喜天ゆかりのお寺を紹介してきました。今回は、大山崎町の公式サイトと京都府観光連盟の公式サイトの情報をもとに、山崎聖天の4つのポイントと、アクセスをまとめます。
※参拝の時間や行事、駐車場の有無などは変わることがあります。お出かけ前に、お寺や大山崎町の公式情報を確認してください。
山崎聖天はどんなお寺?
天王山のふもとの観音寺
大山崎町の公式サイトでは、観音寺(山崎聖天)は天王山麓に位置し、「山崎の聖天さん」として京阪神の人々から厚い信仰を受けているお寺、と紹介されています。京都府観光連盟の公式サイトでも、「山崎の聖天さん」と人々から厚い信仰を受けている寺と紹介されています。
歓喜天(聖天)とは
歓喜天は、仏教の守護神のひとつで、大聖歓喜自在天、聖天(しょうでん)とも呼ばれます。コトバンクに収録されている辞典の解説によると、もとはインド神話の神で、象頭人身の姿で表され、単身像と、男女が抱き合う双身像があります。財宝や夫婦和合の神とされ、特に商家の信仰が厚いと説明されています。また、大根(蘿蔔〈らふく〉)が歓喜天の象徴物とされ、聖天供(聖天法)では浴油の作法が行われることも紹介されています。
コトバンクに収録されている辞典では、歓喜天の呼び名や功徳について、次のような解説が見られます。
| 項目 | 辞典の解説 |
|---|---|
| 別の呼び名 | 聖天(しょうでん)、大聖天、大聖歓喜自在天、歓喜仏 |
| 姿 | 象頭人身。単身像と双身像があり、単身像には二臂・四臂・六臂などの別がある |
| 功徳 | 治病、除難、財富、夫婦和合、子宝など |
| 信仰 | 富貴を得て、夫婦が仲よく、子を得て、病魔の難から逃れられるとして、特に商家の信仰が厚い |
『日本国語大辞典』の解説では、室町時代の明応2年(1493年)の『御湯殿上日記』に、歓喜天の祈りについての記述があることも紹介されています。古くから信仰されてきた仏さまなのですね。
山崎聖天が、江戸時代に大阪の商人たちから厚い信仰を受けたというのも、こうした歓喜天への信仰とつながっているのかもしれませんね。
山崎聖天の4つのポイント
ここからは、大山崎町の公式サイトの紹介をもとに、山崎聖天の4つのポイントを見ていきます。
1. 平安時代に宇多天皇の勅願で開かれた
大山崎町の公式サイトによると、観音寺は平安時代に宇多天皇(寛平法皇)の勅願で開山されました。勅願とは、天皇の願いによって寺が建てられることをいいます。
宇多天皇は、平安時代前期の第59代天皇です。コトバンクに収録されている辞典の解説によると、在位は887年から897年で、菅原道真を重く用いて政治の刷新をはかり、その治世は後に「寛平の治」と呼ばれました。譲位したあと、899年(昌泰2年)に仁和寺で出家して法皇となり、寛平法皇とも呼ばれます。子の醍醐天皇に与えた訓戒『寛平御遺誡』も知られています。そんな宇多天皇の願いで開かれたと伝わるお寺なのですね。
その後、江戸時代に木食以空(もくじきいくう)が中興開山し、堂塔を整えたと紹介されています。中興開山とは、衰えたお寺を立て直した人のことです。大山崎町商工会の紹介でも、平安時代に宇多天皇の勅願で開山され、その後衰退したものの、江戸時代初期に木食以空が豪商の寄進を得て再興した、と説明されています。
木食以空とは、どんな人だったのでしょうか。コトバンクに収録されている『世界大百科事典』の「木食上人」の解説では、肉類や五穀を食べず、木の実や草などを食料として修行することを木食といい、その修行を続ける高僧を木食上人と呼んだ、と説明されています。そして、江戸時代前期には、摂津の勝尾寺で苦行を続け、霊験あらたかな僧として知られた以空があらわれた、と紹介されています。きびしい修行で知られた僧が、山崎聖天を立て直したのですね。
2. 大阪の商人たちに信仰された聖天堂
大山崎町の公式サイトでは、本堂の横に聖天堂があり、江戸時代には現世利益を求めた大阪の商人の厚い信仰を受けて大いに隆盛した、と紹介されています。
さらに、豪商の住友家も帰依し、立派な青銅製の灯篭を寄進していると書かれています。境内を歩くときは、この灯篭も探してみてください。大阪の商人たちがこのお寺をどれほど大切にしていたのかが、こうした寄進からも伝わってきます。大山崎町商工会の紹介では、住友家のほか、三井家や鴻池家などの豪商の名前も挙げられています。
3. 禁門の変で焼け、明治に再建された
大山崎町の公式サイトによると、幕末の元治元年(1864年)に起こった禁門の変の余波で全焼し、明治時代になって伽藍が復興しました。京都府観光連盟の公式サイトでも、境内にある建物は禁門の変の余波で焼亡し、今日見る建物は明治になって再建されたもの、と紹介されています。
大山崎町商工会の紹介によると、本尊の十一面千手観音菩薩と、秘仏の歓喜天は事前に避難させていたため、焼失をまぬがれたそうです。禁門の変(蛤御門の変)は、元治元年(1864年)に、京都を追われていた長州藩が勢力の回復をはかって兵を率いて上京し、京都御所の付近で会津藩や薩摩藩などの兵と戦って敗れた事件です。コトバンクに収録されている『改訂新版 世界大百科事典』の解説では、長州藩の先発隊が山崎、伏見、嵯峨に分かれて駐屯したと書かれています。山崎の地も、この戦いと深く関わっていたことがわかります。天王山のまわりは歴史の舞台になってきた場所で、お寺もその影響を受けてきたのですね。
4. 春は桜、秋は紅葉の名所
大山崎町の公式サイトでは、境内地の東斜面には昭和初期に植えられた桜が多くあり、春は桜、秋は紅葉が楽しめると紹介されています。眼下には町の眺めが広がるとも書かれています。京都府観光連盟の公式サイトでも、桜と紅葉の名所として紹介されています。
また、大山崎町の公式サイトによると、毎年4月初旬には花まつりが行われます。桜の季節にあわせてお参りするのも楽しそうですね。
4つのポイントのまとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 開山 | 平安時代、宇多天皇(寛平法皇)の勅願で開山。江戸時代に木食以空が中興開山 |
| 聖天堂 | 本堂の横にあり、江戸時代に大阪の商人から厚い信仰を受けた。住友家が青銅製の灯篭を寄進 |
| 歴史 | 元治元年(1864年)の禁門の変の余波で全焼し、明治時代に復興 |
| 季節 | 東斜面に昭和初期に植えられた桜。春は桜、秋は紅葉。4月初旬に花まつり |
山崎聖天へのアクセスと周辺のスポット
アクセス
京都府観光連盟の公式サイトでは、アクセスと基本情報が次のように紹介されています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 住所 | 京都府乙訓郡大山崎町字大山崎小字白味才62番地 |
| 電話番号 | 075-956-0016 |
| 境内 | 自由 |
| 電車 | JR京都線「山崎」駅から徒歩約20分、阪急京都線「大山崎」駅から徒歩約20分 |
天王山のふもとにあるので、駅からは坂道や階段を歩くことになります。歩きやすい靴で出かけると安心です。駐車場の有無は案内によって記載が異なるため、車で行く場合は事前にお寺へ確認してください。
周辺のスポット
京都府観光連盟の公式サイトでは、観音寺の近くのスポットとして、次のような場所が紹介されています。
| スポット | ジャンル |
|---|---|
| 山崎合戦記念碑と旗立松・展望台 | 史跡・展望 |
| 天王山ハイキングコース | ハイキング |
| 青木葉谷展望広場 | 展望 |
| 史跡 大山崎瓦窯跡公園 | 史跡 |
| アサヒグループ大山崎山荘美術館 | 美術館 |
| 大念寺 | お寺 |
| 宝積寺(宝寺) | お寺 |
| 十七烈士の墓 | 史跡 |
天王山ハイキングコースや、美術館とあわせてめぐるのもおすすめです。山崎合戦記念碑と旗立松・展望台など、歴史にふれられるスポットもそろっています。
歓喜天をまつるお寺めぐりの楽しみ
このブログで紹介してきた聖天さん
このブログでは、山崎聖天のほかにも、歓喜天ゆかりのお寺を紹介してきました。コトバンクに収録されている辞典の解説でも、奈良の生駒聖天(宝山寺)は歓喜天の信仰で有名なお寺として挙げられています。
| お寺 | ある場所 |
|---|---|
| 宝山寺(生駒聖天) | 奈良県 |
| 妻沼聖天山 | 埼玉県 |
| 待乳山聖天 | 東京都 |
| 山崎聖天(観音寺) | 京都府 |
地域ごとに「聖天さん」と呼ばれて親しまれているお寺があるので、それぞれの歴史を比べてみるのもおもしろいですよ。
お参りのときの心がまえ
山崎聖天では、大山崎町商工会の紹介によると、歓喜天は秘仏とされています。お堂の前では、静かに手を合わせてお参りしましょう。お寺ごとにお参りの作法や決まりがあることもあるので、案内に従うことが大切です。
山崎聖天のよくある質問
山崎聖天の正式な名前は?
正式な名前は観音寺です。「山崎の聖天さん」として親しまれていて、山崎聖天と呼ばれています。
何をおまつりしているお寺?
大山崎町の公式サイトでは、本堂の横に聖天堂があると紹介されています。大山崎町商工会の紹介では、本尊は十一面千手観音菩薩で、歓喜天は秘仏とされています。
参拝にお金はかかる?
京都府観光連盟の公式サイトでは、境内は自由と案内されています。祈祷などを受けたい場合は、お寺に問い合わせてみてください。
聖天さんと大根にはどんな関係がある?
コトバンクに収録されている『日本大百科全書』の解説では、歓喜天には歓喜団(菓子)や蘿蔔(ダイコン)を供えると説明されていて、ダイコンは歓喜天の象徴物とされています。このブログで紹介してきた聖天さんのお寺めぐりでも、大根とのつながりは大切なポイントのひとつです。お参りのときに、境内に大根にまつわるものがないか探してみるのも楽しいかもしれません。
いつ行くのがおすすめ?
春の桜と秋の紅葉の季節は、境内がとくにきれいです。4月初旬には花まつりも行われます。季節ごとの見ごろは年によって変わるので、出かける前に確認すると安心です。
山崎聖天を訪ねて天王山の歴史にふれよう
山崎聖天のポイントを、もう一度まとめておきます。
- 正式な名前は観音寺で、「山崎の聖天さん」として京阪神の人々から信仰されている
- 平安時代に宇多天皇の勅願で開山され、江戸時代に木食以空が中興開山した
- 本堂の横の聖天堂は、江戸時代に大阪の商人から厚い信仰を受け、住友家が青銅製の灯篭を寄進した
- 禁門の変の余波で全焼し、明治時代に復興した
- 春は桜、秋は紅葉の名所で、4月初旬に花まつりがある
- JR山崎駅、阪急大山崎駅から、どちらも徒歩約20分
天王山のふもとで、長い歴史を持つ聖天さんにお参りしてみてはいかがでしょうか。周辺の史跡や美術館とあわせて、ゆっくり歩いてみてくださいね。