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妻沼聖天山の由緒を読んでいると、斎藤実盛という武士の名前が出てきます。
お寺の始まりに、どうして武士が?
寺の公式案内では、斎藤別当実盛が1179年に聖天さまをまつったことを、聖天山の始まりとしています。その後、実盛の次男が1197年に本坊の歓喜院を開いた、という順序です。 二つの年は、同じ出来事の数字違いではないんですね。
実盛がまつり、その次男が歓喜院を開いた
妻沼聖天山の公式の由緒では、斎藤別当実盛は「さいとうべっとうさねもり」と読む人物です。治承三年、1179年に本尊の聖天さまをまつったと紹介されています。
続いて出てくるのが、次男の実長、読みは「さねなが」。僧となり、建久八年、1197年に本坊の歓喜院を開いたという説明です。本坊は、一般に寺の住職が暮らす場所を指す言葉です。
ここで実盛と聖天さまを、同じ存在だと思わないでね。実盛は、聖天さまをまつった人物。信仰の対象と、その始まりに関わった人を分けると、由緒が読みやすくなります。
また、この二つの年を、そのまま現在の建物が建った年と読み替えないこと。今回たどっているのは、寺が伝える信仰と本坊の始まりです。
『平家物語』へもつながる、一人の武士の名前
熊谷デジタルミュージアムの解説では、実盛が幼い木曽義仲の命を助けたことや、後に平家方として出陣したことを紹介しています。義仲が実盛の死を知って昔の恩を思ったと『源平盛衰記』が伝える、という説明もあります。
お寺の由緒で出会った名前から、源平の物語へ道がつながる。人物を一人知ると、調べる入口がもう一つできるんだね。
この物語側の人物関係を整理したいなら、小林保治編『平家物語ハンドブック』が候補になります。三省堂の公開目次では、登場人物の部に斎藤実盛があり、各巻の鑑賞や、能・歌舞伎へのつながりも扱っています。
本を識別するISBNは「9784385410524」。今回照合したのは中古本です。物語の解説を読みたいのか、寺の由緒を確かめたいのかで、参照する資料を選んでください。
1179年、聖天さまをまつった実盛。1197年、歓喜院を開いた次男。まずこの二人を分けて置いてから、実盛が物語でどんな人として語られるかへ進んでみよう。年号の一覧に、人のつながりが見えてきます。